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IDOL DISC REVIEW RAY-『Pink』

noteの再掲記事。

Label :DISTORTED RECORDS
発売日:2020年5月23日
紹介 :RAYは、内山結愛、甲斐莉乃、白川さやか、月日の4人からなる新時代のアイドル。「アイドル×異分野融合」を楽曲コンセプトの一つとしている。本作は、およそ結成1周年にリリースされた彼女たちの1stアルバムである。
FEATURED TRACKS

 

 シューゲイザーは、今日最も有名なマイナージャンルの一つで、ロック・ミュージック版”サメ映画”といった趣の独自の立ち位置を築いている。要するに、ジャンルはいくつかのお決まりのパターンとインターネットを中心とした熱狂的な愛好家のコミュニティによって支えられており、共にスピルバーグMy Bloody Valentineという偉大なオリジネーターを誰も超えられていないということである。RAYは、眠っている間に過ぎ去っていく嵐のようなこのアルバム『Pink』の中で、アイドルポップスらしさをこの”ミーム”のようなジャンルに付け加えようとしている。

 Jesus and Mary Chainが『Psyco Candy』でフィードバック・ノイズを発見したころ、ノイズは、望遠鏡を覗いた向こう側から聞こえてくるかのように小さかったが、『loveless』のころには巨大な壁が聳え立っているかのようだった。ミレニアム以降のシューゲイザーは、ジャンルとしてのアイデンティティーを、ケバケバしく誇張するか、物事を主張しすぎない人に特有のセンスで過不足ないよう削っていくか、という両極を振り子のように揺れ動いた。前者は、エフェクターの研究に没頭し、ドラムの手数に執着したが、後者は、ノイズのサイケデリックな作用に着目し、ミニマル化が図られたり、他ジャンルに要素として取り入れられたが、時にはノイズがほとんど聞こえてこないこともあった。

 RAYと彼女たちの最初のアルバム『Pink』は、こうしたマイナーチェンジとカーボンコピーの山から現れた。ピンク色のレイヤーのかかった大海の写真のアートワークは、Rideの初期の数枚のEPやコンピ盤、あるいは『Nowhere』を思い起こさせる。ノイズを大海のうねりに喩えるならば、ピンクのレイヤーが意味するのは、アイドルポップスらしさであり、アイドル的なボーカルである。彼女たちの歌唱を殺しかねないノイズとの両立に関しては、メロディをノイズの中に埋没させるやり方ではなく、あくまでメロディを引き立たせるアレンジが行われており、その意味でMBVよりRide的だ(「Meteor」を除いて)。

 アイドルポップスらしさは、全てがフックのようなシューゲイザーの甘いメロディにJポップの展開に沿った起伏を作る際に強調される。「Fading Lights」は、一音目から正しいシューゲイザーサウンドを示すと共に、歌割りによる多彩なコーラスワークを聴くことができる。続く「バタフライエフェクト」では、「スローになって、加速して、ねじ曲がって、突き進む」というサビの入りで、ハモリによって音の厚みとニュアンスをつけ足すことで盛り上がりが演出されている。その後に続く「かぎりある二人のストーリー」をソロパートにすることで、混声と好対照となりそれだけでフックとなる。こうした4人の声の特徴を活かした歌割りによる起伏の作り方は、シューゲイザーの男女混声ボーカルのコーラスワークより複雑で、明らかにアイドルポップスの作法が用いられている。

 歌詞においても、RAYは、数あるシューゲイザー・バンドとサウンド面で連帯することはあっても、決してそれだけではないことを示している。「Fading Lights」では、「結ばれなくとも」や「あきらめてしまえば」といった仮定法で「あなた」との関係性について不安を口にはするものの、主題は「あなた」が導いてくれる幸福な未来におかれている。「バタフライエフェクト」においても、前向きな感情は同様で、「あなた」への思いを幸福な「ふたり」の未来に向けて解き放つ態度は実に楽観的である。この時点で、RAYは、Slowdive「Alisson」、MBV「When you sleep」、より分かりやすい例でいうとAsobi Seksuに見られるようなシューゲイザーの退廃的でニヒリスティックな世界観とはっきりと距離をとっている。RAYは、絶望や不幸に浸るよりも幸福や未来の希望に賛同している。そして、4人は、このアルバムの中で、未来に向かって実に多くの祈りと願いの言葉を捧げているのだ。

 しかし、絶望やネガティブな感情がRAYにアイディアを与えなかったわけではない。cryuff in the bedroomのハタユウスケが手掛けた「世界の終わりは君とふたりで」では、焦燥感煽るリフ、警告を知らせるようなギターの音色、音のひずみによって生じたヒビ割れから突き破るように入ってくる鬼気迫るドラム――これらが一つの轟音の塊となって迫ってくる。こうした終末感あるサウンドは、よりメロディが前景化されたことでフィーチャーされる歌詞と照らし合わせると、真に迫ったものに感じられる。恋の終わりが世界の終わりを意味するような「君」と「わたし」だけで完結する世界観である。ただし、複数人で歌詞を分割するアイドルポップスの形式によって歌詞のリアリティは退潮し、シューゲイザーサウンドと甘いメロディによって全てが夢の中のような印象を受け、悲壮感はない。

 同じくハタユウスケによる楽曲「尊しあなたのすべてを」は、「世界の終わりは君とふたりで」と世界観を根底の部分で分け合っているかのような「わたし」と「あなた」だけの歌詞の歌ものである。この曲の中では「わたし」は、「あなた」に向けられた思いや感情を乗せた声としてしか存在せず、存在そのものが祈りのような歌唱と同化しているかのようである。

 アルバムは、ミレニアム以降のシューゲイザーの流れもおさえている。「ネモフィラ」では、RAYは、電子音を導入したシューゲイザーの一派と同じ歩幅で歩いており、メランコリーとノスタルジーを内包したサイケな世界で音の波に漂っている。Ringo DeathstarrのElliott Frazierは、「Meteor」において、シューゲイザー・ソングライターとして優れた職業倫理の持ち主であることを示している。手数の多いドラム、骨太で触覚的なノイズ、甘いメロディ、ボーカルの浮遊感、MBV的なアレンジ。どれをとってもシューゲイザーとして正しい作法が用いられている。

 RAYは、果敢にもシューゲイザー以外のジャンルとの「異文化融合」にも挑んでいる。「Blue Monday」の左右に振り分けられた打ち込みの複雑な音は、Aphex Twinを髣髴とさせる。歌唱の難しいメロディは、4人を自動人形オランピアや電子の歌姫初音ミクさながらにしてしまう。「星に願いを」は、RAYの公式ホームページから一字一句違わず引用したくなるような「叫ばない激情ハードコア」が示す通りのサウンドである。「GENERATION」ではメロディックパンクに、「シルエット」では90sエモに挑戦している。バンドの初めてのレコーディングのようなジャンルの混乱と実験性は、自作自演ではないアイドルポップスのアルバムに固有のものであるが、Drop nineteensの『Delaware』を思い起こさせもする。

 「スライド」と「サテライト」の二曲は、・・・・・・・・・(ドッツドッツトーキョー等、呼び名は様々)のカバーであり、アルバムの最終曲とそのひとつ前という附置構成からみても、ボーナストラックのような位置づけではあるが、リメイクによってきちんとRAYの曲になっている。

 「スライド」は、ノイジーな轟音ギターとHüsker DüやSonic Youthを髣髴とさせるフルスペクトルの煌めきが対置されている。遠方の嵐と傾きかけた太陽が夏空の両端におかれ、その下では、語り手の心の裡で不安と希望がせめぎ合っている。しかし、ここでもRAYは、安易なニヒリズムや退廃の美学に身を委ねて刹那的に生きるには、楽観的すぎるのだ。「映画のようにはならない恋でもいい / ねえ、どうか途切れずに続いてね / ふたりが見る世界を捉えたスライド」。朧気ながらも過ぎ去っていく若さや「あなた」と過ごす〈今・ここ〉の不安定さを察知しながらも、未来に向けられた希望の方がより中心的なアイディアとして据えられている。その意味で、RAYの曲ではないけれども、極めてRAYらしい曲である。

 『Pink』は、アイドルらしい歌唱とシューゲイザーの夢見心地のサウンドが同居している。未来に向けられたひたむきな前向きさを感じる楽曲は、聴き終わるとともに、清々しい気持ちに導てくれる。もしかしたら、RAYのサウンドは、真新しいものとはいえないかもしれない。しかし、嵐が過ぎ去った後の晴れ間のようなこの気持ちは、少なくとも、他のどのシューゲイザーのアルバムを聴いても得がたい感情である。そういう意味で、『Pink』は、全く新しいシューゲイザー・アイドルポップスといえるのではないだろうか?

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Pink

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